「サパーズ・レディ」はジェネシスの4枚目のアルバム「フォックストロット」に収められている22分54秒の大作である。7部構成からなるこの曲は、壮大な楽曲の中に、黙示録のテイストを盛り込んだ複雑な歌詞で成り立つもので、当然ここで語り尽くせるようなものではない。ここでは、『ピーター・ガブリエル正伝』『フールズメイト Vol.11』『ストレンジ・デイズ No.67』『The Genesis Songbook』を参考に、「サパーズ・レディ」の輪郭を我龍で彫り刻んでみたいと思うのだ。

ピーター・ガブリエルが「魂をこめて、命がけで歌ってた」という「サパーズ・レディ」だが、それは、ガブリエルが当時の妻ジルとプロデューサーのジョン・アンソニーとともにいたときに見た幻覚がきっかけになっている。風もないのにカーテンが広がり、部屋の中が凍りつくぐらい寒くなる。外の芝生に白いマントを着た人影がいくつも見える。部屋全体の雰囲気が変わってしまったとき、ジルはトランス状態に入り、まるで霊媒にでもなったみたいに変な声で話し始め、まるで獣のように見えた。ガブリエルはこう語る。
あの時点で悪という感覚を経験しました。ぼくの中にそれがどれくらいあるかは分からないし、実際悪というものがどの程度はびこっているのかは分からないけれど、忘れられない経験ですし、善と悪の対決を描くきっかけになりましたね。
このガブリエルの体験が、パート1「Lover's Leap」の歌詞となって表れる。愛する二人はお互い相手を見失い、別の男女の体となって再会したという。

ガブリエルが思索した善と悪とは何だったのか。それを解く鍵が、ジェネシスのライブ・ステージでガブリエルが語る創作寓話にある。そもそもこうした創作寓話は、楽器のチューニングや機材の故障を直す時間稼ぎのために始められたのだが、歌詞内容を補完するものになっていることも事実だ。「サパーズ・レディ」の演奏前には、「年老いたマイケル」の話が語られた。
年老いたマイケルは、決して閉ざされることのない公園の中へと、決して開くことのないペット・ショップへと歩いていった。その公園は、スムーズに行き届いていて、非常に清潔な草が一面に生えていた。マイケルは服を全部脱ぎ、そして彼のピンク色のぐにゃぐにゃした肉を濡れた清潔な草の中へこすり始めた。その地面の下では汚い茶色い虫たちが降雨のようにパラパラと演奏していた。虫たちの世界では、降雨は2つのことを意味していた。“バス・タイム”――なぜって虫たちは清潔にしているのが好きだから。そして“からまる時”――なぜって虫たちは汚くしているのが好きだから。ちょっとの範囲内、その公園は不潔なじめじめした身もだえする茶色の虫たちで覆われていた。年老いたマイケルは短い曲を鼻歌で歌うことに満足しきっていた。我々にとって「エルサレム・ブギ」であるものが、小鳥たちにとっては「夕食の準備が整った(Supper is Ready)」ということを意味していた。
閉ざされることのない公園と開くことのないペット・ショップ、清潔な草と汚い茶色い虫――対照的なシチュエーションの中で、虫たちにとっての降雨の両義性が語られる。そして、人間たちの“エルサレム・ブギ”が小鳥たちの“夕食の準備”となっているといった、価値観の相対性が提示される。善悪の価値観も、所詮は社会的観念に左右される相対的なものでしかない。

73年、74年と2年連続で、メロディ・メイカー紙のベスト・ライブ・アクトにジェネシスは選出されているが、この「サパーズ・レディ」を理解する上でも、ジェネシスのライブ・アクトは外せない。「サパーズ・レディ」のライブ・ビデオについては、ここにまとめておいたが、ここで重要なのは、やはりガブリエルのパフォーマンスである。「サパーズ・レディ」は、次のようにパフォーマンスが展開される。
パート2の「The Guaranteed Eternal Sanctuary Man」で、ガブリエルは茨の冠を着ける。パート5の「Willow Farm」では、曲想が大きく変化するが、そこでガブリエルが着けるのはフラワー・マスク。花に変身したナルシスと重なる。その後、8分の9拍子のリズムとともに、曲は力強いクライマックスへと向かうが、そのパート6「Apocalypse in 9/8」では、ガブリエルは反キリストを示す赤い幾何学的な形をした箱を頭にかぶり、黒いマントを着けて登場する。最後のパート7「As Sure As Eggs Is Eggs」に近づくと、そのかぶり物とマントを投げ捨てて、下から天使のようにまぶしい白の衣装を見せる。そして、最後の一節「彼らを新しいエルサレムに連れて行け」と歌ったあとには、紫外線を発光するチューブをかざす。
これらのパフォーマンスは、歌詞を補完するだけではなく、「サパーズ・レディ」の世界観を明確化していくものと言えた。

「Apocalypse in 9/8」で提示された黙示録の風味が、「As Sure As Eggs Is Eggs」ではさらに色濃くなる。そこでは『ヨハネの黙示録』第19章が引用されている。
また見ていると、ひとりの御使が太陽の中に立っていた。彼は、中空を飛んでいるすべての鳥にむかって、大声で叫んだ、「さあ、神の大宴会に集まってこい。そして、王たちの肉、将軍の肉、勇者の肉、馬の肉、馬に乗っている者の肉、また、すべての自由人と奴隷との肉、小さき者と大いなる者との肉をくらえ」。――『ヨハネの黙示録』 19:17-18
ここで「Supper」は「神の大宴会(the great supper of God)」の意味となる。創作寓話で提示された「小鳥の夕食」は、「神の大宴会」へと変貌を遂げたのだ。我々は果たして、花嫁のように着飾った新しいエルサレムを見ることができるのだろうか。
Genesis : Supper's Ready 1973 (1)
Genesis : Supper's Ready 1973 (2)
Genesis : Supper's Ready 1973 (3)
Genesis : Supper's Ready Live on Belgian TV
| Genesis:Supper's Ready ※画像をクリック |
|
|
|
|
|
|



ワシが高校のとき一番多く聴いたのは、
