2007年12月24日

1984年三つのライブ:ブラック・ウフル、スティール・パルス、キング・サニー・アデ

Black Uhuru : Tear It Up LiveNew Wave #11.Black Uhuru, Steel Pulse, King Sunny Ade

ブラック・ウフルの初来日は1984年7月。「ライブ・アンダー・ザ・スカイ」での来日で、よみうりランドのオープンシアターEASTでライブを見た。真夏の暑い日射しが降り注ぐなか、ワシはその芝生の自由席にいた。

ブラック・ウフルと言えば、マイケル・ローズ、ダッキー・シンプソン、ピューマ・ジョーンズのボーカル・トリオに、“レゲエ・タクシー”たるスライ・アンド・ロビーのリズム隊。まずはスラロビ。真夏の暑い中で、ワシらを心地よく乗せてくれた。リズムのノリはもちろん最高なのだが、長いスティックを振り回してシンバルを叩くスライ・ダンバーと、マシンガンを持つようにベースを奏でるロビー・シェイクスピアの姿は、ヴィジュアル的にも魅せるものだった。

このときはアルバム『アンセム』が発売され、「ソリダリティ」がヒットするなど、ブラック・ウフルまさにノリノリの時期だった。ライブもノリノリなわけだが、そこで目立ったのはやはりマイケル・ローズだった。マイケル・ローズの声が、真夏の空に伸びやかにこだまするのを聴いていると、ブラック・ウフルはマイケル・ローズなしにはあり得ないと思ったものだった。ラスタのお兄ちゃんがぴょんぴょん跳ねてた、勝手気ままな芝生席で、気持ちよく乗らせてくれたブラック・ウフルだったのだ。

Steel Pulse : Earth Crisisスティール・パルスはブラック・ウフルと対照的で、その来日は1984年1月。雪の降る寒い日だった。実は酔っぱらっていて記憶がはなはだあいまい・・・(汗)、場所はネットで書かれていた渋谷公会堂や日本青年館ではなく、赤坂のニューラテンクォーターだった気がするワシなのだが、はなはだ自信がない・・・

とにかく覚えているのは、気持ちよくノリノリで踊りまくったことと、デヴィッド・ハインズのあの頭!だ。しかし、デヴィッド・ハインズがそのとき帽子をかぶっていたかどうかもあいまいで・・・「やはり人前でラスタの姿は見せないのだな」と思ったようなので、帽子をかぶっていた可能性が高い。友達と気持ちよく酒飲んで踊っていたので、申し訳ないが、これはまるでレポートにならない。ただ「おお〜っ!」とか「最高!」などと、酔っぱらって叫んでいたことは事実なのだ(笑

調べてみると、スティール・パルスはアルバム『アース・クライシス』の発売前に、『ロッキン・オン』が招聘して来日したそうだ。『アース・クライシス』と言えば、ジャケットに描かれていたアンドロポフが発売1カ月もしないうちに亡くなるという、いわくつきのアルバムだった。

King Sunny Ade : Synchro Systemそして1984年10月に、とんでもない台風が上陸した。キング・サニー・アデ&ヒズ・アフリカン・ビーツ。場所は代々木第一体育館。仕事帰りにわくわくして、足を運んだものだ。

まさにジュジュ・ミュージックの迫力。トーキング・ドラムをはじめとする多くのドラム、パーカッションが刻むリズムのうねりに乗って、キング・サニー・アデの歌声が響く。超弩級のノリで踊りっぱなしで乗せられた。アルバム『シンクロ・システム』にある数分の曲が、どれも10分を超える長さになるのには正直驚いたが、これは元々長い曲をアルバムでは縮めているという話。そのすさまじいノリに、当然アンコールとなる。

そして、このアンコールがなんと1時間にも及んだ。このころになると、「おいおい、いつまでやるんだよ・・・」と苦笑い、こっちの体力が続かない。「やっぱ仕事帰りはきついよな・・・」とか思うが、全く下手な言い訳をしているようなのだ(笑)。とにかくキング・サニー・アデはすごかった。

1984年にスティール・パルスブラック・ウフルキング・サニー・アデと、レゲエ、アフロの代表的ミュージシャンが集中して来日したのは偶然なのかもしれないが、ワールド・ミュージックの関心が高まり、『ミュージック・マガジン』を読むことが当たり前の当時としては違和感のないものだった。結局のところ、言葉では表現しづらいので、YouTubeのビデオを観てほしいと思ってしまうワシであったのだ。

 Black Uhuru : Shine Eye Gal 〜 Plastic Smile
 Black Uhuru : General Penitentiary 〜 Guess Who's Coming To Dinner
 Black Uhuru : I Love King Selassie
 Black Uhuru : Solidarity
 Steel Pulse : Handsworth Revolution
 Steel Pulse : Ku Klux Klan
 Steel Pulse : Sound System
 King Sunny Ade : Synchro System
 King Sunny Ade : Maajo 〜 Penkele

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ブラック・ウフル、スティール・パルス、キング・サニー・アデ
アイランド・レゲエ・クラシックス / ブラック・ウフル
アイランド・レゲエ・クラシックス / スティール・パルス
キング・サニー・アデ / オドゥ〜

posted by 上村龍司 at 23:08| Comment(0) | TrackBack(0) | レゲエ・アフロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月24日

UB40:ブリティッシュ・レゲエの胎動

Signing OffNew Wave #10.UB40 : Signing Off

UB40の『サイニング・オフ』にはハマった。UB40はバーミンガムで結成された白人黒人の混成バンド。『サイニング・オフ』は、1980年のUB40デビュー・アルバムだ。その『サイニング・オフ』から「タイラー」を。

 ♪「Tyler」を聴いてみる。

レゲエといえば、ボブ・マーリーしか聴いていなかったワシにとって、ブリティッシュ・レゲエの存在は新鮮だった。ジャマイカ移民がイギリスにいたこと自体知らなかったのだから、本当に驚いたものだ。

ブリティッシュ・レゲエには重さが付きまとう。「UB40」の名前自体が、イギリスの失業者給付金制度(Unemployment Benefit, Form 40)からとられたものだ。『サイニング・オフ』のジャケットデザインは失業手当申請書で、「タイラー」はアメリカの有色人種に対する冤罪への抗議の曲といったように、UB40は社会問題抜きには語れない。

そうしたシリアスな歌詞が、物憂げなサウンド、ダブに乗って歌われるところは妙に心地よかった。アリ・キャンベルの声がまたいいのだな。2トーン・スカのブームもあって、UB40はブレイクするが、UB40自体の持つ匂いに惹かれた人は少なくなかったはずだ。

UB40にハマったワシの場合、当時の環境もあったのかもしれない。北向きの窓から冷え込んだ空気を眺めるワシの部屋には、太陽サンサンのジャマイカよりも、重くシビアなブリティッシュ・レゲエの方が合っていた。その後、ブラック・ウフルスティール・パルスアスワドというブリティッシュ・レゲエ御三家を聴きまくる流れは、このときから生まれていた。

 UB40 : Tyler 1983
 UB40 : Food For Thought 1981
 UB40 : Red Red Wine
 UB40 : Can't Help Falling in Love

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UB40
UB40 / サイニング・オフ
ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・UB40 1980〜2000
UB40 / Rockpalast Live

posted by 上村龍司 at 17:55| Comment(0) | TrackBack(1) | レゲエ・アフロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月11日

小島よしお、ついにジャマイカ進出!オッパッピー

※この記事は「我龍待合室」で書いたものなのだが、あまりに曲が気に入ったので、こちらにもそのまま転載。今年最高の曲ではないだろうか(笑

Kojimayoshio 小島よしお、ついにジャマイカ進出です!おめでとう!これで「オッパッピー」も国際語ですな(笑

小島よしおを取り上げたのは、ジャマイカのダンスホールDJ、パテックスPatexx)。なかなかいいレゲエノリで、オッパッピーしてます。マジこれカッコいいな!・・・「ワビサビドゥ」「パサパサWednesday」とか、クールでわろた!

てなことで、「Japaneeze Dance ft Cutty」をどうぞ。

 ♪「Japaneeze Dance ft Cutty」を聴いてみる。

関連サイトをリンクしておく。ほとんど「痛いニュース」ノリだな・・・^^;


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posted by 上村龍司 at 18:21| Comment(0) | TrackBack(0) | レゲエ・アフロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする