1930年のアメリカ・・・ここは場末のクラブ。バーボン片手に独り片隅で手持ちぶさたにしていると、そこに一人の踊り子が近づいてきて、隣に腰を下ろした。それは、ルース・エティングその人であった。
「リクエストは何?」
「10セントのダンス(Ten Cents a Dance)・・・」
「歌? それともダンス?」
「ダンスがご一緒できれば最高だね」
僕は10セント硬貨を取り出しながら言った。ルースは微笑み返した。美人ではあったが、寂しげな陰が瞳に浮かぶのは隠せなかった。
「この歌は以前聴いたことがあって?」
「パイワケット(Pyewackett)というバンドが演奏をしているのを聴いた」
「知らないわ」
「85年のトラッドのアルバムだ。君が知らないのも無理はない」
「もともとはあたしの曲・・・」
「そうだった。1930年、今年のヒット曲だ」
そろそろバンドの準備もできたようだ。僕は彼女に視線を戻すと、こう聞いた。
「ルース、結婚生活はどう?」
彼女の顔が曇って、気まずい空気が流れる。しばらく間を置いて、彼女は言った。
「90%は恐怖、10%は悲嘆ね。でもあたしには、これしかできない・・・」
そう言い残すと、彼女はステージに立って歌い始めた。
ステージの彼女は輝いていた。その歌声だけでなく、存在そのものが輝いていた。
ステージを離れれば、彼女は単にシカゴのマフィア、マーティン・スナイダーのスケでしかない。このステージこそが、彼女の最も幸せな瞬間なのかもしれない。
・・・突然、銃声! 暗転。マール・オールダマンが撃たれたのだろうか。・・・気がつくと、僕は『情欲の悪魔(Love Me or Leave Me)』のCDを手にしていた。
Ruth Etting : Roseland 1930 (Part 1)
Ruth Etting : Roseland 1930 (Part 2)
Ruth Etting : Artistic Temper 1936 (Part 1)
Ruth Etting : Artistic Temper 1936 (Part 2)
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