2008年02月17日

カルチャー・クラブ:ポップ化するニューウェイヴ

Culture Club:Colour by NumbersNew Wave #13.Culture Club : Colour by Numbers

ボーイ・ジョージBoy Georgeの奇抜な女装、そのファッションとメイク、そしてソウルフルな歌声とダンス・・・1982年「君は完璧さDo You Really Want to Hurt Me)」を初めて見たときの印象はもっぱらボーイ・ジョージだった。カルチャー・クラブCulture Clubは、ニューウェイヴをポップな方向へと大きく展開させていく。

カルチャー・クラブのブレイクには目を見張るものがある。1982年に「君は完璧さ」(全英1位/全米2位)がヒットすると、続いて「タイム」(全英3位/全米2位)、「アイル・タンブル・4・ヤ!」 (全米9位)がヒット。1983年にセカンド・アルバム『カラー・バイ・ナンバーズColour by Numbers』(全英1位/全米2位)が発表されると、続いて「チャーチ・オブ・ザ・ポイズン・マインド」(全英2位/全米10位)、「カーマは気まぐれ」(全英1位/全米1位)、「ヴィクティムズ」(全英3位)、「ミス・ミー・ブラインド」(全米5位)、「イッツ・ア・ミラクル」(全英4位/全米13位)とヒットを飛ばす。「戦争のうた」(全英2位/全米17位)からは失速していくが、ここまでヒット曲を連続したのは特筆すべきだ。・・・日本語で歌ったから失速した、と思ってしまうのは気のせいか。。。

カルチャー・クラブのヒットにはヴィジュアル面が欠かせないが、それにはMTVの存在が大きかった。YouTubeのリンクを下記に示しておくが、サービス精神旺盛な楽しませる作りはMTVあってこそだ。ボーイ・ジョージは、まさにMTV時代の申し子と言えるだろう。ワシが特にぶっとんだのは「ミス・ミー・ブラインド」。江戸、愛情、甘酒・・・って、おい! 日本かと思ったら、タイとコラボしてムエタイは出てくるし、「めらめらと燃えている」つうのは何なんだ・・・とゲラゲラ笑ってしまうのだが、これも親日家ボーイ・ジョージのサービス精神なのだろう。

カルチャー・クラブはやはりニューウェイヴだ。この時代多くのヒット曲を放って、ニューロマンティックと呼ばれたバンド、デュラン・デュラン、スパンダー・バレエ、カジャグーグー、ユーリズミックスなどと比べると、カルチャー・クラブの楽曲はリズムやコンセプトで格段に秀でている。レゲエ、ダブ、カリプソ、ファンカラティーナから、ソウル、ゴスペル、ファンク、モータウンといった要素をポップに昇華していくカルチャー・クラブの感覚は見事としか言いようがない。カルチャー・クラブのポップさも、レコード会社の思惑に従うものではなく、時代の流れを先読みして作り上げていったもので、ボーイ・ジョージの個性を活かそうとしたジョン・モスの作戦勝ちといったところか。いずれにせよ、カルチャー・クラブが一時期ニューウェイヴの寵児となったことは否定できない。

 Culture Club : Do You Really Want to Hurt Me
 Culture Club : Time (Clock of the Heart)
 Culture Club : I'll Tumble 4 Ya
 Culture Club : Church of the Poison Mind
 Culture Club : Karma Chameleon
 Culture Club : Victims
 Culture Club : Miss Me Blind
 Culture Club : It's a Miracle
 Culture Club : The War Song

banner_03

カルチャー・クラブ
カルチャー・クラブ / カラー・バイ・ナンバーズ
カルチャー・クラブ / ディス・タイム
ベスト・オブ・カルチャー・クラブ

posted by 上村龍司 at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | ニューウェイヴ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月01日

イエロー・マジック・オーケストラ(YMO):テクノポップの台頭

YMO : Solid State SurvivorNew Wave #12.Yellow Magic Orchestra : Solid State Survivor

テクノポップはニューウェイヴとワシは思っていないのだが、この時期の音楽としては無視できないので取り上げてみる。ということでYMO

イエロー・マジック・オーケストラYMOの登場は、ある種衝撃的だった。1978年のデビュー・アルバム『イエロー・マジック・オーケストラ』はともかく、79年のセカンド・アルバム『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』の赤い人民服とテクノカットには驚いた。そして、シンセサイザーやコンピュータを駆使した音楽、シンセサイザーの自動演奏、ヘッドフォンでクリック音を聞きながら演奏するライブ、聴衆に対して媚を売ることなく黙々と楽器と向かい合う無表情な演奏・・・。かと言って決してサウンドは無機質ではなく、メロディは秀逸でポップだし、かなり計算されて作られていることが伝わってきた。

しかし考えてみると、ライブにシンセサイザーを持ち込むのはキース・エマーソンが最初だし、自動演奏もクラフトワークがやってたことだし、アルバム『BGM』で登場するゲートエコーピーター・ガブリエルが最初だし、厳密に言えば決して“オリジナル”とは言えない。それでもYMOの存在感が否定できないのは、テクノロジーをうまくポップに昇華したからだろう。まさに改良上手な日本人! 最新テクノロジーの国日本のイメージも、YMOの国際的知名度を上げるのに貢献したことだろう。でも結局のところ、細野晴臣のエスニック・神秘主義、坂本龍一のクラシック、高橋幸宏のファッションセンスなどが融合しなかったら、YMOの化学反応は起こり得なかったのだと思う。

テクノポップの台頭と共に、この時期象徴的だった2つの曲に触れてみる。まずは1979年、バグルスの「ラジオ・スターの悲劇Video Killed The Radio Star)」だ。バグルスのこの曲が注目されたのは、きっちりと計算された音作りにあるというより、その歌詞だろう。ビデオクリップが中心になってくる時代を見越して、ラジオスターについて歌ったのは非常にタイムリーだった。1981年8月1日12時15分、MTVがアメリカで開局するが、MTVが最初にオンエアしたミュージックビデオが、この「ラジオ・スターの悲劇」だったという話。

もう1曲は、同じ1979年にヒットした、Mロビン・スコットの「ポップ・ミューヂックPop Muzik)」。ポップ化し、商業主義にまみれた音楽を皮肉ったものだ。テクノポップの曲としては、初めての大ヒットになった曲だが、この曲自体がテクノポップに対する皮肉となっていることも事実。Mは完全に一発屋なわけだが、この「ポップ・ミューヂック」1曲だけでも、その存在感は否定できない。ポップ化と商業主義のバランスは、確かに難しいものがあるのだろう。

 YMO : Rydeen (Live 1979)
 YMO : 東風(TONG POO) (Live 1979)
  YMO : Technopolis (Live 1980)
 Kraftwerk : The Robots
 The Buggles : Video Killed The Radio Star
 M : Pop Muzik

banner_03

イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)
YMO / ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー
YMO / 増殖
YMO / UC [Ultimate Collection of Yellow Magic Orchestra]

posted by 上村龍司 at 13:51| Comment(0) | TrackBack(0) | ニューウェイヴ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする